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1960年代(ロック・ミュージック) |
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ヨーロッパ・ツアーの成功ヨーロッパ・ツアーは、1962年から1970年にかけて毎年秋に、西ヨーロッパを股にかけて行われたフェスティバルです。短い期間ですがアメリカの最高のブルース・ミュージシャンをヨーロッパへ送り出し、1960年代のロンドンにおけるリズム・アンド・ブルース・シーンに与えた影響は計り知れないものがあります。 後のロックの方向性を左右するほどで、観衆の中には若きミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ジミー・ペイジ、そしてヤードバーズを結成(加入)しようとしていた18歳のエリック・クラプトンなど現在イギリスを代表するミュージシャン達の顔がありました。1962年にビートルズがデビューした頃ですね。 若い彼等に、ブルースが与えた影響は絶大でした。そして、後に彼等は世界的なロック・スターになっていきます。ブルースなくして彼等のサウンドは生まれなかったでしょう。そして、彼等によりブルースが再認識されたのも事実です。 ※すでに、50年代の後期には、マディ・ウォーターズもイギリスで演奏はしていて、さらに遡れば、1940年代(第二次世界大戦頃)に兵士達が持ち込んだりしていて、イギリスの若者の一部はブルースを聴いていたんですね。ミック・ジャガー、キース・リチャーズなどはアメリカの「チェス・レコード」から取り寄せて聴いていたらしいですからね。 |
最初のロックは?一番最初のロックそれは何だったのかと調べてみました。どうも1955年頃の「ロック・アラウンド・ザ・クロック」あたりのようです。ちなみに、私の生まれた年です。その後、50年代末にロック&ロールのスターが相次いで死亡し、元気の良いロック&ロールよりも、ポール・アンカ、ニール・セダカと言った、ソフトなロッカ・バラードが流行するようになります。 確かに、私が小学生の頃に、この人達は有名でした。ただし、もうかなり前のスターと言う感じでしたね。私の小学生の頃の洋楽のスターと言えば、何と言っても「ザ・モンキーズ」です。やはり毎週テレビで放映(30分のショー番組)すると言うのは、一番のコマーシャルになるので、「ビートルズ」よりもこちらが先でした。 どれくらい続いたのかは憶えていませんが、このグループから洋楽に馴染んでいったような気がします。もっとも、レコードを買ったわけじゃないです。何か、もう一つ「グッ!」と来るものが無かったですね。もう少しヘビーなのが聴きたかったですね。それに小学生でしたし、日本のグループサウンズをテレビで見て満足でした。 ちなみに私が10歳の頃の日本はどうかと言うと、1964年が東京オリンピックで、その翌々年の1966年6月30日から3日間の「ビートルズ武道館ライブ」が行われた頃で、まさに日本のロックが始まった感じでした。 当時は日本でもグループ・サウンズが盛んになり、ビートルズの前座をやった、「ブルー・ジーンズ」や「スパイダーズ」「ブルーコメッツ」と言ったバンドが先がけでした。あと、アメリカのインストゥルメンタル・バンド「ヴェンチャーズ」の人気も高かったですね。 私の場合は、特にどのバンドが好きと言うのではなく、エレキ・ギターとベースとドラムがいれば好きと言う感じで、とにかく数人でやるバンドの音と、そのようなバンド・スタイルそのものが好きでした。それは40年経った今も同じですね。 それほど強烈に入れ込むアーティストもないまま中学生になり、まず一番小さいトランジスタ・ラジオを買いました。当時は据え置きの大きな真空管ラジオはありましたが、パーソナルなラジオが欲しかったんですね。ナショナル・パナソニックの3500円でした。 余談ですが、今でも10年以上前に買った同じような小さいラジオをいつも手元に置いています。昔からラジオが好きでしたね。今は朝方に3時間くらい聴きますが、音楽とは関係ない番組です。 話を戻して、もう35年くらい経ち、記憶の限りを尽くして思い出していますが、一番最初に買ったレコード(シングル盤)はビートルズ、サイモン&ガーファンクル、フィフス・ディメンションのいずれかです。 当時のリクエスト番組なんかで聴いて、気に入ったものを買っていたのですが、最初はやはり迷いますよね。 シングル盤は400円から500円に値上がりした頃だったですね。アルバムが普通2000円から2400円くらいで、ベスト盤などは2500円以上くらいでした。あとシリーズもののベスト盤などもいろいろ有りました。中学生には高かったですね。 それで、そんな時にリリースされたのが、ビートルズの「ゲット・バック:B面がドント・レット・ミー・ダウン」でした。もうこれは即買いでした。何百回聴いたかわかりません。B面も同じくらい聴きましたね。どっちも良かった。 それで、アルバムの「アビー・ロード」がリリースされて、これも即買いでした。これも何百回(何千回?)聴いたかわかりません。2年か3年後にもう一枚同じ物を買いました。レコードが磨り減って、白くなってしまいましたからね。後にも先にも同じアルバムを2回買ったのはこれだけです。 正に、このアルバムだけは全曲気に入ってました。他のアルバムの場合は、大体10曲入りなら5~6曲くらいが気に入りで、あとは入っているから聴くという感覚でしたからね。 1964年
1964年のキャッシュボックス・シングル・ヒット・チャートですが、ビートルズのアメリカ上陸の年で、今見ても信じられないくらい凄いですね。この表は、毎週の1位です。
参考1:1964年4月4日1 TWIST AND SHOUT 参考2:1965年年間チャート
1. (I CAN'T GET NO) SATISFACTION
2. YESTERDAY
3. TURN! TURN! TURN! 4. MRS BROWN YOU'VE GOT A LOVELY DAUGHTER HERMAN'S HERMITS
5. I GOT YOU BABE
6. HELP!
7. I CAN'T HELP MYSELF
8. YOU'VE LOST THAT LOVIN' FEELING
9. DOWNTOWN
10. THIS DIAMOND RING
ヒット・チャートイギリスのヒットチャートはあまり見なかったですが、アメリカのヒットチャートは雑誌(FM雑誌の最後のページにあったような)でよく見ました。キャッシュボックスとビルボードがありましたが、主にキャッシュボックスが多かった記憶があります。 特別にランクにこだわったわけではないですが、シングル盤を買う時の目安として見ていました。だいたいどんな集計のルールがあるのかも分りませんでしたから、それほどあてになる順位とは思っていませんでした。 リアルタイムで見たのは1968年頃で、すでに、ビートルズやローリング・ストーンズが世界的に有名になって数年が経過していました。アメリカのチャートが中心でしたが、イギリスのバンドも多数渡米していたりしていて、区別していませんでしたね。 最初はイギリス出身のバンドを取り上げていますが、同じ時期にアメリカのバンドも聴いていたわけで、順番として、一番聴いた「ビートルズ」と「ローリング・ストーンズ」から書きます。 この頃(1965年~1972年)はシングル盤もよく聴きました。70年前後のコンピレーションアルバムCDがありました。懐かしい・・・ あと、イギリスのビートルズとストーンズに押され気味のアメリカのロック・バンドで一番聴いたのがC・C・Rです。詳しくはいずれ書きますが、良い曲が揃っているアルバムがあります。 これ凄く良いです。
ブリティッシュ実は、未だにブリティッシュ・ロックの定義と言うか、どの頃のバンドからブリティッシュ・ロックと言うのかわかりません。ビートルズとローリング・ストーンズはバンドの名前で呼んでいたし、初期はロックと言うよりも、ロックンロール、ポップスと言う印象です。おそらく、クリームあたりなのでしょうか? ビートルズ以前(デビューの時期ではなく、私が聴いた時)で、好きなバンド(と言うより曲ですね) がいくつかあります。ホリーズは一曲だけ、アニマルズは数曲、あとはプロコルハルム、ゾンビーズあたりです。 バンドが好きというよりも曲が好きと言う事です。まだ小学生でしたから、当時ヒットしていた曲のなかでも、深いところまでは知らなくても、特に好きなのがいくつかあるわけです。 その中でも、アニマルズは「朝日のあたる家」がアメリカでもトップをとるほどで、日本でも「尾藤いさお」がカヴァーしていましたから、テレビ・ラジオ両方でよく聴けました。このバンド(と言うよりリーダーでヴォーカルのエリック・バードン)は、もの凄くブルース・ソウルの感覚が強くて、2年間くらいだけですが、かなり好きでしたね。 サム・クック、ジョン・リー・フッカーのカヴァーまでやっています。当時はブルースは意識していませんが、こんな感じは最初から好きでしたね。逆に、黒人じゃない方が聴きやすかったのかも知れません。黒人の癖に慣れるには時間がかかりました。 デビューの1964年には「朝日のあたる家:House Of The Rising Sun」が大ヒットして一躍有名になり、これは当時の日本でも知らない人がいないのではと思えます。左のチャートでも、9月に3週トップを取ってますね。 65年には「悲しき願い:Don't Let Me Be Misunderstood」「朝日のない街:We've Gotta Get Out of This Place」66年「孤独の叫び:Inside-Looking Out」とヒット曲を出しますが、解散してしまいました。 バードンはアメリカに渡り、別のメンバーで「アニマルズ」を再結成し、ヒット曲も出しますが、また68年に解散してしまいました。以後は全然わかりませんが、私にとってはビートルズを聴き始める以前の、一番インパクトがあったバンドです。 |
ビートルズとローリング・ストーンズビートルズそんなこんなで最初の頃は、数枚買ってはいろいろと考えて、また買って聴き比べて、一番気に入ったのがビートルズだったわけです。 その前に、たまたま家にビートルズのコンパクトLP(シングルサイズで4曲入り)が一枚あり、確か、「Drive My Car」「Girl」「Norwegian Wood」「You Won't See Me」がはいっていました。これは、アルバム「ラバー・ソウル」からの抜き出しでした。 ちなみに、ビートルズの中期頃では、このアルバムが一番良いと思います。それまでのロックンロール色の強い曲よりも、パーソナル的な曲をやり始めたアルバムだと思います。「ミッシェル」「ガール」「イン・マイ・ライフ」など、切ない曲調が良いです。 あとシングル盤が何枚かあり、記憶にあるのはホリーズの「バス・ストップ」ですね。この二つのレコードは本当に良く聴きました。ですから、レコードとして最初に繰り返し聴いたのはこの2枚で、特に「Girl」が気に入ってました。 ホリーズの「グラハム・ナッシュ」は、アメリカに渡り、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングを結成したりします。そういう事は、だいたい後で知るわけです。 最初はビートルズを買おうと思いましたが、すでに解散が近い時期ですから、かなりの数が出ていて、ひじょうに迷いましたね。 上述のコンパクト盤は、アルバム「ラバー・ソウル」から選曲されているので後回しにするとして、最新盤が良いか、初期の頃が良いかと考えている頃にシングルの「ゲット・バック」がリリースされたというわけです。 もうこれでビートルズに決めた感じですね。間もなく、69年9月にアルバム「アビー・ロード」が出て、迷わず買いでした。たまたま最初に買ったアルバムだからと言うわけではなくて、結局このアルバムが一番好きでした。 アビー・ロード聴き過ぎて磨り減り、3年後くらいにまた同じ物を買ったほどです。少なく見積もっても、1000回以上は聴いてると思いますね。私としては、皮肉にも最初に買ったのが解散アルバムです・・・ A面一曲目の「カム・トゥゲザー」が一番好きですが、他の曲も全部が素晴らしいですし、特に9曲目のユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー(アナログ盤はB面3曲目)から最後までのメドレーは圧巻でした。 まさにビートルズの集大成にして、ベストのアルバムと思います。 レット・イット・ビーこの後、1970年5月に出たアルバム「レット・イット・ビー」は残った曲を集めた感じですが、「ゲット・バック」への思い入れもあり、やはり随分と聴いた一枚です。 それで、やっぱり全部聴きたくなって、コツコツと買い足したのですが、けっこう大変でした。丁度解散が騒がれていた時期で、各自がソロアルバムを出したりするので、リリースが多かったんですね。 今考えても、そこまで買う事もなかったかなと思いますが、ビートルズのアルバムだけでも10枚くらいありましたし、ソロアルバムもジョン・レノンが「ジョンの魂」「イマジン」、ポール・マッカートニーが「ポール・マッカートニー」「ラム」「ワイルド・ライフ」と続けて出たと思います。ジョージ・ハリスンも「バングラディシュ・救済コンサート」が出ましたから、もう大変でした。 それ以外にも聴きたいのがありますから、その辺は貸したり、借りたりで聴くしかないですね。まだカセット・テープレコーダも普及率が低く、借りたらなるべく何回も聴くしかなかったですね。それも良い思い出ですが。 デビューアルバム1964年2月に初のアメリカ公演を行い、アメリカでの最初のシングルレコード「抱きしめたい」は50万枚という記録的なヒットとなりました。 左の参考1にあるように、4月4日には1位~5位を独占すると言う、前代未聞の出来事もあり、アメリカでの人気も凄いものでした。「プリーズ・プリーズ・ミー」「ツイスト・アンド・シャウト」を含むデビューアルバムからして、全曲良いです。 まとめると、デビューアルバムのこれと、中期の「ラバー・ソウル」と、完成された「アビー・ロード」の3枚が、最初に聴くならお薦めです。 コンプリート盤16枚セットなどもあります。ビートルズの場合、私もそうでしたが全部欲しくなる人が多いと思います。そんな方はどうぞ。
ローリング・ストーンズビートルズと比べれば、聴いた数は少ないですが、1973年の「GOATS HEAD SOUP:山羊の頭のスープ」まで聴いていたのがローリング・ストーンズです。私が聴き始めた当時は、すでにどちらも世界的なバンドでしたから、自然と耳に入ってきました。 ただ、ローリング・ストーンズの方は、ほとんどシングル盤を買って、アルバムは近所の先輩から借りて聴きました。この年(1968年)に「ジャンピン・ジャック・フラッシュ:Jumpin’ Jack Flash」がヒットして、私としては初めてロックを意識した気がしましたね。 それまでは、バンドでやっている音楽は、まだロックン・ロールやポップスと言うイメージでした。それに、日本ではグループサウンズと言っていましたから、ロック(すでに使われていたかも知れませんが)と言う言葉は中学1年の私には、まだピンと来なかった気がします。 ストーンズ:デビュー盤最初に聴いたストーンズのアルバムです。すでに凄い有名曲だった「テル・ミー」が入っていたので、先輩から借りて聴いたのですが、悪くはないけど好きにもならなかった記憶があります。 まだ中学1年か2年でしたから「テル・ミー」路線を期待していたんでしょうね。「キャロル」とか「ウォ-ク・ザ・ドッグ」と言った、チャック・ベリー、ルーファス・トーマスのカヴァーなどは凄く気に入ったのですが、ブルースのカヴァーは、当時の私には重過ぎた感じです。 それでも、これでブラック系の音に慣れた感じで、私には印象深いアルバムです。それほどコピーもしっかりやっていて、さらに、ストーンズらしさも充分感じられます。結局、よく聴きました。 これはアメリカ版で、イギリス版とは1曲違います。両国でリリースされたアルバムは編集(選曲も含め)やジャケットに微妙な違いがあったりして、ブルースのアルバムでも痛感していますが、もの凄く混乱します。 内容はオリジナルが3曲で、あとはブルース、R&R、R&B系のカヴァーで占められ、ストーンズのルーツがよくわかります。それに「テル・ミー」は別として、カヴァー曲が非常に格好良いです。 それにしても、ストーンズはブルース色が強かったですね。今考えても不思議なのですが、18歳くらいまではブラック・ミュージックはダメでしたね。あこがれはあったんですが、まだ入り込める世界ではなかったです。 コーラス・グループ(フィフス・ディメンション他)やスライとファミリーストーン、アイク&ティナ・ターナー、マービン・ゲイ、パーシー・スレッジと言った人達のヒットした曲などは好きで聴いていたのですが、アルバムとなると、まだ受け付けない感じでした。 ラジオで流れるのも、まだ圧倒的に白人の曲が多かったですから、慣れる機会が無かったですね。 ※当時の日本ではブルースやソウルのレコード発売状況も、まだまだ狭い範囲でした。ソウルはリアルタイムでヒット曲があったので、パーシー・スレッジやオーティス・レディング、アレサ・フランクリン、レイ・チャールズあたりは入手出来ましたが、上述のように、私の方がまだまだでしたね。
次が2枚目で、やはりカヴァーも多いですが、彼らのあこがれである、シカゴの「チェス」での録音が半分くらい入っていて、私としては凄く馴染みがあるアルバムです。当時の流行でもあったソウルの傾向が、デビュー作よりも強いです。
ストーンズ:初期のベスト盤デビューアルバムから1971年にリリースされた「スティッキー・フィンガーズ:STICKY FINGERS」までのベスト盤で、良いところがかなり聴けます。 だいたいこの頃までのストーンズを聴いていましたが、ビートルズと共に、自分の原点と言う感じです。主に、この二つのバンドから遡り、50年代半ば頃のチャック・ベリーを聴き、その流れでチェス・レコードを中心とした、シカゴのブルースを聴き始めました。
私も、何故かアメリカのバンドではなく、イギリスのバンドからブルースに辿り着いたと言うのも面白い事です。 アメリカのロック取り上げたらキリが無いくらいいろんなものを聴いていましたが、アメリカの場合は音楽の世界も、白人と黒人の二極化があり、当たり前の事ですが、ブルースがすでに存在していて、イギリスの若者が受けたような「ブルースの衝撃」のようなものは無かったわけです。 信じられないような話ですが、デュアン・オールマンはローリング・ストーンズのやるブルースを聴いて、「ブルースってカッコいいね」と思い、ブルースを始めたとか聞いた事があります。 また、白人(特に南部)はカントリー&ウェスタンしか聴かない人が多く、50~60年代の南部なら黒人音楽を一切聴かないと言う人も多かったでしょう。 この辺りは、映画のブルース・ブラザーズやミシシッピー・バーニングなどの南部の描写を見れば、大体見当がつきます。 そんな中で、黒人音楽に傾倒した人もいて、特にジョニー・ウィンターとマイケル・ブルームフィールドの二人は私も好きで聴いた人です。 |